元結の歴史:飯田の紙から生まれた物語

飯田の地で千数百年もの歴史を紡いできた和紙。その和紙から生まれたのが「元結」です。元結の物語は、和紙の歴史と深く結びついており、異なる道を歩みながらも、同じ空の下で響き合う、二つの物語を形成しています。このページでは、飯田の地で育まれた元結の歴史を、年表形式でご紹介します。

起源|和紙から元結へ

  • 飛鳥時代 (推古18年/610年): 朝鮮半島の僧、曇徴が紙漉きの技術を伝えたことが、和紙の始まりとされています。
  • 平安時代末 (1186年): 飯田の地頭、近藤六郎周家が、水引の原型となる「紅白の紙縄」を開発したと伝承されています。

補足:元結とは

「元結(もとゆい、もっとい)」は、日本髪の根元(もとどり)を束ねるために使われてきた白い紐です。
現代では「大相撲の力士の髷を結ぶ紐」として知られていますが、古くは麻紐や藁、紙縒りなどが使われていました。
江戸初期には、紙縒りに糊をつけて布で扱く「扱き元結」が登場し、広く使われるようになります。

技術革新と繁栄|晒紙と文七元結

  • 江戸時代 (1672年): 飯田藩主 堀親昌が、在来の和紙に付加価値をつけるため、名古屋から元結職人を招き、技術を習得させたことから本格的な元結造りが始まりました。
  • 宝永5年 (1708年): 美濃国から稲垣幸八を招き、7年間にわたる研究の末、丈夫で艶やかな「晒紙(さらしがみ)」を開発。
  • 江戸中期 (1750年頃): 飯田の商人、桜井文七が江戸に出店。「文七元結」または「飯田元結」として、江戸相撲や吉原で「丈夫・艶やか・水に強い」と高い評価を得て、名声を博します。

補足:元結の技術と流通

元結の主産地として知られる飯田では、紙の原材料である楮が豊富に採れ、水にも恵まれていたため、製紙業が盛んでした。
正徳4年(1714)、稲垣幸八が晒紙を改良し、強く切れにくい元結の品質向上に貢献。
飯田藩の奨励により、元結作りは下級士族の内職から農家の副業へと広がり、専門職工も増加しました。

桜井文七は元結の製法を改良し、光沢ある強靭な元結を作り、江戸芝日陰町に店を構えて全国的に名声を博しました。落語「文七元結」にも登場するこの人物は、飯田に戻り亡くなり、現在も長昌寺に墓が残されています。飯田水引協同組合によって、毎年秋分の日に法要が行われています。

地域の力|全村紙漉き村の記憶

下久堅では、全戸が紙漉きに関わる「全村紙漉き村」として、元結の素材を支えていました。
地形・気候・水・技術・藩の奨励・問屋との結びつき――
それらが響き合い、素材の誇りが育まれました。
長野県が岐阜県に次ぐ全国第2位の生産地となることもあり、生産額は、現在の価値で1億円にも達したとされています。

補足:下久堅の和紙生産を支えた、恵まれた環境と人々の知恵

飯田和紙や元結が「丈夫である・火災の際の水に強い・艶つやが良い」と評価を得て繁栄した背景には、下久堅地域が持つ独特の環境と、先人たちの知恵と努力がありました。
その理由として、以下の点が挙げられます。

  • 冬乾燥し、晴天が多い気候
  • 浸食地形による段丘崖からの豊富な地下水
  • 和紙製造に適した南向き斜面の多さ
  • 長年にわたり培われた技術の集積
  • 飯田藩による地場産業としての奨励
  • 稲垣幸八の技術を迅速に導入した柔軟性
  • 村長をはじめ、明治以降にも続いた先駆者たちの努力
  • 水田面積が少なく、副業として和紙作りが導入された社会背景
  • 隣接地の南山や遠山地方からの原料の安定供給
  • 問屋との深いつながりによる販路の確立

転換と継承|断髪令と三六災害

  • 明治4年 (1871年): 「断髪令」により髷の需要が激減し、元結産業は大きな転換期を迎えます。元結は水引や障子紙などに用途を切り替えて生産を続けました。
  • 昭和初期: 機械で安価に生産される洋紙が普及し、和紙産業は徐々に衰退。
  • 昭和36年 (1961年): 「三六災害」と呼ばれる集中豪雨により、楮畑や工房が大きな被害を受け、衰退に拍車がかかりました。
  • 和紙産業は衰退するも、技術と誇りは保存会の尽力を経て、ひさかた和紙の会や工房により継承される

補足:元結の現在と継承

明治の断髪令により元結の需要は激減しましたが、その技術は水引へと転換され、現在では全国の水引加工の7割を飯田が担っています。
力士の髷や歌舞伎のカツラなど、日本髪を結うための元結は、今も飯田で作り続けられています。

和紙と元結、そして現代の元結堂南田へ

和紙と元結の歴史は、多くの人々の努力と時代の波に翻弄されながらも、今日まで受け継がれてきました。私たち元結堂南田は、この歴史を深く胸に刻み、和紙と元結が持つ「結びの力」を現代に伝えることに尽力しています。


元結の物語を、さらに深く

元結の歴史は、単なる過去の出来事の羅列ではありません。そこには、飯田の和紙と元結が歩んできた道のり、そして私たちの哲学が息づく物語があります。

この歴史の事実を胸に、元結の物語をさらに深く探求してみませんか。

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