異空同空の構造

元結堂南田の語りは、空気や余白を大切にしています。
手の仕事の奥にある気配、素材に宿る誇り、関係の中に息づく問い――
それらは、言葉にならないものとして、静かに差し出されてきました。

けれど、より構造的に理解したい方のために、
このページでは「異空同空」という哲学の背景と構造を整理します。
異空同空とは、違いのまま、共に在ることを選ぶ姿勢。

元結堂南田では、素材・技術・地域・人のすべてにおいて、
この姿勢を選び続けています。

その深層には、「同空一如」という感覚が息づいています。
もともと私たちは、同じ空の一部である――
その静かな確信が、元結堂南田の営みの根にあります。

このページは、空気の奥にある構造を差し出す試みです。
元結堂南田の哲学を、問いと理念のかたちとして、
そっと整理してみます。

異空同空とは何か

元結堂南田が大切にしている哲学のひとつに、「異空同空」という言葉があります。

これは、違いのまま、共に在ることを選ぶ姿勢を表しています。
地域、世代、素材、価値観――それぞれが異なる空気を持ちながらも、
同じ空の下で響き合い、関係を結び、誇りを育てていく。

元結堂南田では、素材づくり、技術の継承、場の設計、対話のすべてにおいて、
この姿勢を選び続けています。

「異空」は、違いのある空気。
「同空」は、共に在ることを選ぶ空気。

異空同空は、調和ではなく「共在」の哲学です。
異なるまま、共に在ること。
それが、元結堂南田の営みの根にあります。

同空一如:異空同空の深層

異空同空という姿勢の奥には、
「同空一如」という感覚が静かに息づいています。

それは、違いがあるように見えても、
もともと私たちは同じ空の一部である――という確信。

元結堂南田の営みは、この感覚に触れながら、
異なる素材、異なる人、異なる問いを、
同じ空の下で整えていく歩みです。

「同空一如」は、選ぶ以前に、すでに在るもの。
空気の奥にある、言葉にならない一致。

異空同空は、その一致に気づき、
違いのまま、共に在ることを選び続ける姿勢です。

理念との接点:歴史と革新/地域と世界

元結堂南田の営みは、素材や技術の継承だけでなく、
その奥にある問いを育てることでもあります。

「歴史と革新」「地域と世界」――
これらの言葉は、元結堂南田の理念をかたちづくる軸です。

歴史と革新は、過去から受け継いだ素材や技術を守りながら、
その意味や使い方を問い直し、更新していく姿勢。
元結の撚りや和紙の漉きに、現代の問いを重ねることで、
誇りを支える素材が今の空気に響くよう整えられます。

地域と世界は、土地に根ざした営みを大切にしながら、
その誇りを外へ開いていく姿勢。
本久堅紙や元結を通じて、飯田の空気が世界の空と響き合うよう、
素材と語りが整えられています。

異空同空という哲学は、これらの理念を支える構造でもあります。
歴史と革新も、地域と世界も、異なる空が響き合う営みです。

素材・技術・関係性との接点

元結堂南田の哲学は、抽象的な理念にとどまらず、
日々の素材づくりや手の仕事、地域との関係の中に息づいています。

異空同空という姿勢は、素材の扱い方にも現れます。

和紙は、繊維の流れと水の記憶を読みながら、
職人が「美しい」と感じられる紙を漉いています。
その美しさは、誰かの誇りを支える素材としての強さとしなやかさ。

元結は、撚りと扱きの中に、関係を結ぶ象徴が宿ります。
空気を撚り込み、余白を扱くことで、
かたちにならない誇りを、素材として整えていきます。

地域との関係もまた、異空同空の実践です。
異なる価値観や背景を持つ人々が、同じ空の下で誇りを育てる。
その営みの中に、素材と問いが響き合い、
地域に好循環が生まれていきます。

元結堂南田の素材は、ただの技術ではなく、
異空同空の哲学を手の仕事として体現するものです。

よく問われること、静かに応えること

哲学の語りに触れた方から、時折、静かな問いが届きます。

それは、素材の奥にある空気を感じながらも、
もう少しだけ、言葉で確かめたくなるような問い。

ここでは、よく問われることに対して、
元結堂南田として、静かに応えてみます。

よくある問い静かな応え
なぜ「空」を語るのですか?空は、言葉にならない関係性や気配を含む象徴です。素材の奥にあるものを語るために、「空」という言葉を使います。それは、誇りや問いが言葉になる前の、静かな在り方です。
異空同空は、実践できるものなのですか?元結堂南田では、素材づくり、場づくり、関係づくりのすべてにおいて、異空同空を選び続けています。違いを否定せず、共に在ることを選ぶ営みは、日々の手の仕事の中に息づいています。
「同空一如」は宗教的な概念ですか?元結堂南田では、宗教的な教義としてではなく、自然の一部としての感覚として「同空一如」を捉えています。違いを越えて、もともと同じ空に在るという感覚は、素材や関係の奥にある静かな確信です。
この哲学は、誰に向けられていますか?特定の思想や立場に属する人に向けたものではありません。素材に触れる人、問いを持つ人、誇りを撚る人――それぞれが、自分の空の下でこの哲学に触れることができます。

空のつづきにあるもの

元結堂南田の哲学は、完成された答えではなく、問いの途中にあります。

異空同空という姿勢を選びながら、
同空一如という感覚に触れ続ける。

素材を整え、空気を澄ませ、誇りを撚る営みの中で、
その問いは、日々、静かに育っていきます。

空のつづきにあるもの――
それは、違いのまま、共に在ることを選び続ける歩みの先に、
そっと現れてくるものかもしれません。